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2011年3月の記事

戻ってきた

ども。ヨシダイです。

先週の火曜に、会社の先輩に銭湯に連れて行ってもらい、
8日振りの風呂に入りました。
その翌日から仕事が再開しました。
また、水が戻り、トイレを水で流せました。
次の日にうちの寮でシャワーが浴びれました。
その次の日に、服を洗濯する事が出来ました。

気が滅入りそうな日々でした。
完全な引きこもりでした。
正直、最悪でした。
ただ、東北の人たちに比べたら、
幸せを感じなければならない。
その気持ちが余計に気持ちをおかしくさせました。
でも、風呂に入ったら、いろんなモヤモヤを落とせました。

津波の映像で水の恐ろしさを知ったけど、
断水の日々で水の有り難みを知った。

そして、今日。
ガソリンを満タンにする事が出来た。
残り2リットルでした。通勤で使うわけじゃないですが、
ガソリンを並んでいれるような状況ではなくなってきたので、
いれさせてもらいました。

生活が少しずつ、以前のような状態に戻ってきました。
だけど、以前と同じような気持ちで生活はできないし、
してはいけないと思う。
だけど、通常の生活をしつつ、
募金をして、節電をして。。。
買いだめをする事はしないようにしながら、
必要以上な節約をせず、
経済をまわす事も必要だと思う。

今、出来る事は何か。

とりあえず、今度の週末は実家に戻ってみます。

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3月16日

ども。ヨシダイです。
茨城県出身という事もあり、
熱心ってわけではないですが、
ファンである磯山さやかさんが、
自分が前の記事で書いたような内容を
記事にしてくれました。

http://m.ameba.jp/m/blogArticle.do?unm=sayaka-isoyama&articleId=10832410591&frm_src=article_articleList&guid=ON
↑これでいけるかな?

素直に嬉しかったです。

昨日の夜に、ようやく実家に電話が繋がり、
両親の声が聞けました。
予想以上に元気でした・・・(^^;)

何よりでした。安心しました。

母親は多少不安な感じでしたが、
やっていくしかないね、
という結論にいきつき、
近況を話し合い、励まし合いました。

親父はその後ろでデカい声で騒ぎながら、
夕飯の手伝いをしてました(^^;)
いつもの実家の風景が浮かびました。

今日、近隣に住む職場の先輩たちが、
会社に行って出来る限りの片付けや被害確認を
やってたみたいですが、
人手が足りてたみたいで、
行こうとしても断られました。

結果、来週月曜までの休みが確定。
自分の担当の仕事にも
被害が出てるらしい。仕方なし。

で、明日から何ができるだろうか。。。
生きる事、節電はともかく。
ストレスも少なからずたまってる。
時間はあるが、資格の勉強って気にも
なんだか、なれない。
体を動かしたいけど。。。
こんな葛藤がまたストレスを生む。
なんも気にしない方がいいのかな?
そう思ってると、余震が来る。

んー。
とりあえず、寝るか。

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茨城含む関東にも支援を。

ども。ヨシダイです。

未だに余震は続いてます。
慣れてきている自分もいますが、
かなり敏感になってしまい、
多少揺れると寝れません。
自分でこうなら、避難所の人達はもっと大変だろうな。。。

で。
東北の被害状況は甚大ですが、
茨城でも被害を受け、
避難を余儀なくされている人達がまだ1万人以上います。
関東では千葉まで津波の被害があった。
栃木では地震の被害もあった。
関東の他都県でも被害はあったんです。

テレビでは被害が大きい東北ばかりで、
茨城や関東については殆ど報道されません。

ちょっとテレビの報道にはイラついてます。
同じような番組しかやらないなら、
節電に協力して放送を中止してくれ!
中止分の出演者のギャラを募金にまわすとかも可能だろ!
NHKだけで十分だろ、伝えるのは。

こんな時でも視聴率を稼ごう
ってのが見えてムカつきます。

・・・話がそれました。
水、食料はあって困らない。
それ以外でも必要なものはある。
支援物資を茨城の避難所にもお願いします。
既に届いているものもありますが、
茨城を含む関東も
地震と津波の被災地という事を
忘れられている気がしました。

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「今」の生活

ども。ヨシダイです。

地元大子に電気が戻ったとの事で、
一安心してます。

おぃちゃんがうちの実家に
再び行ってくれたらしく、
両親とも、あんまり変わらない状況だったそうです。

何にせよ、良かった。
おぃちゃん、ありがとう。

テレビ見ていたら、首都圏の人達が、
物資を買いに出てるみたい。
多少はわかるんだけど。

手に入れる必要があるかどうかわからない人達が手に入れる事が出来て、
本当に手に入れないといけない人達が手に入れられない、
そんな状況かと思った。

停電が起こるから、懐中電灯を・・・。
という事で買い出しに出てた人がいたが、
計画停電が実施されても、3時間程度電気が使えなくなるだけ。

たしかに3時間でも停電したら、
マズいという人達はいる。
でも全員じゃないはず。
自分はどっちなのかは冷静になれば
わかると思うんだけどな。

保存食や飲料水、電池や懐中電灯を東北に持っていって、
とは・・・思えないか。

これから地震が起こった時にどうするか、
を最優先にしている人達が多い気がする。
それはわかる。
が、最優先じゃない。

地震が起こって、被災して、
その現実と戦っている人達を支援する。
それが最優先だと思う。

今、東日本は非常事態。
今までと同じ生活。
今までと同じ食事。
それが出来る「今」ではない現実。
まず、それを受け止める事が必要だと思う。
その上で生きる。
生きる上で支援できる事があればやる。

生活レベルは落ちる。それは当たり前だ。
それを嘆いたり、怒ったりしないでほしい。

そう思って、自分にも言い聞かせている。

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改めて

ども。ヨシダイです。

テレビやネットで情報収集したり、
連絡を取り合ったり、
付近を歩いてみたり、
実際に地震が起きたとこを見たりして、
改めて、地震が起こった事を実感してます。

今はひたちなか市内の自宅に待機中。

電気は戻ってきてますが、
水が戻らず、車もガス欠寸前ですが、
ガソリンスタンドも長蛇の列か売り切れで、
車の移動は難しいです。

関東の電気は福島の原発で、
一部でしょうけど、まかなっていたんですね。
電気が戻ってきただけでも、
かなりマシです。

今回の本格的な被災地の宮城、岩手、福島の状況を見ると、
自分らの状況は幸せです。
亡くなられた方のご冥福をお祈り致します。


自分も節電しながら生活中。
パソコンは故障しちゃったみたいで、起動できず。
テレビと携帯で何とか情報収集中です。

地元の大子は未だに携帯電波が通じず、
電気も水もダメ。
心配ですが、自分が元気でいる事がまず必要と思い、
生活しようと思ってます。

親友のおぃちゃんが実家を確認してくれたらしく、
外から見た限りでは大丈夫らしい。
おぃちゃんに感謝。申し訳ない。

両親は出かけてるか、
どこかに避難してるかでいなかったそうですが、
地震当日に家族みんなから無事という連絡があったので、
ひとまず大丈夫かな。

父親は電気の無い生活をしてた経験もあるパワフルな人だから、
下手に俺が帰るよりも無事でいる事を伝えるだけの方がいいと思う。
会って無事を伝えたいけど。
ただ、父親の体調が心配。常備してた薬は飲めてるだろうか。
母親は考え始めると心配しすぎちゃうとこもあるから、
精神的に大丈夫かが心配。

会社からは自宅待機命令が出てる。
自分の事務所がある建物は、
壁が崩れ落ちたり、ヒビ入ったりして、
結構損傷が激しいから、出勤できる状況じゃないみたい。

とりあえず、体力だけはしっかりしとかないとな。

おぃちゃんから連絡きた時に、
宮城に実家がある人の話を聞いたけど、
テレビの報道なんてほんの一部で、
実際の被害はあんなもんじゃないし、
小学校などは遺体の山。
甘っちょろい報道にイラつく、
という事を言ってたみたい。
報道できない事もある仕方ないだろうけど。

とりあえず、ガソリンを手に入れて、
実家を目指す事を考えてもいいかなと思うが、
大きい余震がくる可能性が高いみたいだから、
まだ動かない方が良いかな。。。
ひとまず体力の維持だけはしておかないと。

あと計画停電って、需給バランスによって、
いきなり来るみたいだから、
いつ停電してもいいように、
常に準備しとかないと。
出来る限り冷静になろう。
押忍。

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突然の地震

ども。ヨシダイです。

今、携帯で更新中。

本日昼間、突然地震におそわれた。

比較的冷静に避難行動したつもりだったけど、

気がつけば、手や体、声も震えていた。。。
寒いのもあったけど。
地球の、自然の力って、凄いし、怖い。
無事なのが本当に幸せだと今思う。

被害としては会社の事務所が損壊。
んで、現在停電中。

自宅寮の部屋ん中は、
しっちゃかめっちゃかでしたが、
ただ物が崩れただけなので、問題なし。
直せばいいだけ。

実家の家族や友達、別職場の人達からも
無事の連絡が来て、一安心しとります

こういうこそ、嫌でも現実と向き合う必要があるので、とにかく、やるしかない。
今、出来る限りの事をしようと思います。

これを見てる方、大丈夫でしょうか?

地震にあわれた方、がんばりましょう!
やるしかないし!

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たまにはプロレス話

ども。ヨシダイです。

ちょっと、遅くなってしまいましたが、

先々週の2/27(日)に、

プロレスリングノアの水戸大会がありまして、

プロレス好きの後輩:ケンと行ってきました。

客の入りはまぁまぁな感じだったけど、

試合は結構・・・というか、来て良かったなと思う内容。

面白かった。

3/5(土)に行われた、ノア・有明コロシアム大会の、

前哨戦といえる、この水戸大会。

相変わらずのマサオワールドは面白かったけど、

志賀のアニキもアニキワールド炸裂で、

明るく楽しい部分が見れた。

びっくりしたのは、超巨漢レスラーの吉江豊選手。

あんまり身長が高くなかったけど、

あふれんばかりの肉厚。パンパンな肉体。

それがトップロープからダイビングボディプレスやるんだから、

それを受けた金丸選手は大変だろうなぁ・・・としみじみ。

今回の水戸大会は場外乱闘が多くて、

客席の中まで入ってくる事が多々あった。

場外戦は、正直あんまり好きじゃないけど、

間近で戦っているプロレスラーを見れるのは嬉しい(^^)

と、なんだかんだで、あっという間に時間は過ぎて行って、

メインの開始。

健介オフィス軍 VS 潮崎軍 の3VS3のタッグマッチ。

有明コロシアムで、ジュニアヘビーのタイトルマッチを控える、

中嶋勝彦選手 と 王者の鈴木鼓太郎選手が、

かなりバチバチにやりあってくれて、

試合のボルテージはかなり上がった!

水戸大会にしては、かなり面白いじゃないか!

と、後輩のケンと一緒に大興奮。

潮崎選手は、指が骨折してる状態とあって、

かなり精彩をかいてしまったが、

小川選手のベテランの巧さあり、

健介オフィスの宮原選手の勢いあり、

佐々木健介選手の豪快さあり、

と見ごたえは十分あったと思う。

この試合で、一番驚いたのは、

中嶋選手の蹴り!

早く、重たそうな蹴りは何発も叩き込んでいく。

完全に、鼓太郎選手も押されてた感じがあった。

最後は、どっちがフォールしてもおかしくなかったけど、

味方の援護もあった中嶋選手が、

ツイスターから繋げるラッシュで、

ジャーマンをホールドして、鼓太郎選手からフォール!

この試合見れただけで、水戸大会来て良かったと思えた。

有明コロシアム大会では、

鼓太郎選手が中嶋選手を振り切り、

王座防衛を果たしたみたいだけど、

中嶋選手には、まだまだ頑張ってほしいな。

そうそう。

その次の日には、両国国技館で、

破壊王、橋本真也さんの息子、大地くんが、

プロレスデビューを果たした。

今は亡き、橋本真也さん。

ぶっちゃけ、自分に、最初のプロレスの火を灯したのは、

破壊王、橋本真也だった。

プロレスにどっぷりとつかったのが、

ちょうど、新日本 VS UWFインターの頃だった。

今の全日本社長、武藤選手が、

最近、芸能人な感じになってしまった、

「でてこいやぁ!」の高田延彦選手にIWGP王座をとられ、

橋本選手が取り返した、というあの試合は、

自分のプロレスベストバウトの3位である。

ちなみに、2位は小橋建太選手のガンからの復帰戦。

DVDもってるけど、何度見ても泣く(TT)

そして1位は、2003年3月1日ノア日本武道館大会メイン、

三沢 VS 小橋 のGHCヘビー級選手権試合。

あの試合は・・・すごいと思う。

プロレスを好きになって良かったと思う試合です。

・・・話がそれた。

そんな自分の第一次プロレスブームを巻き起こした、

橋本選手の息子、橋本大地選手が蝶野選手相手にデビュー。

実際の試合は見てないけど、大分がんばってたみたい。

で、次の試合は、3/21(月)の全日本両国国技館大会での、

武藤選手との試合。

自分の父親とライバルだった2人とデビュー2連戦。

破壊王の息子、となると、嫌でも話題になってしまうが、

それを乗り越えて、素晴らしいプロレスラーになってほしい。

そう思う今日この頃。

ただ、一番気になってるのは、

ノアのKENTA選手が作る反体制の新軍団。

反体制の方が、KENTA選手はあってる気がするし、

KENTA選手なら、やっぱり自分で軍団作って、

自分で発信しないと、気がすまないだろうなと思ってたから、

がんばってほしいなと思うし、やっぱり気になる。

そんなこんなで。

プロレスは楽しいと思ってる今日この頃です。

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続く作業

ども。ヨシダイです。

年明けの仕事始めの日から、

 ①自分の飲食したもの(と、その時間)

 ②その日の起きた時の体重

を手帳に書いてみる事にして、

もう2ヶ月がたちました。

ぶっちゃけ、当初は、

友人との「少し体重を落とそう」という話から、

じゃあ、公開計量日を設定して、

その日までに目標の体重まで落とそう、

という目的から、

じゃあレコーディングダイエットをやってみよう、

となりまして、やり始めてみました。

・・・だったんですが。

これをやってみて思ったのは、

自分の食べる時間や物、起きた時間を改めて見て、

何をしたから体重が増えたのか、

体調はどうだったのか、

などなど、色んな事が少しですが見えてきました。

そこから、

 ③その日一日のお金の収支

という家計簿的な内容も書くようになって、

自分の生活実態が改めて見えるものになってきました。

ナマズさんのコメントに書いてあった、

内田さんの記事にあった内容で、

情報と情報化の違い、で思ったのが、

生の現実・事実を、情報というパックにする情報化という作業。

絶えず、生の現実っていうのは変化しているので、

情報化の作業をやめて良いという事はなく、

情報は常に最新の状態にしていかなくてはならない。

その情報を最新にした事で、生の現実は変化するから。

これって、会社の仕事や自分の生活、という事だけじゃなくて、

いろんな事で意識しなきゃいけない事じゃないかな?

自分も自分の事を改めて書いた手帳を見ると、

生の現実がそこにあり、そこから情報化の作業をして、

情報を得ては、変化する現実を見て、また情報化の作業をして・・・。

なんとなくですが、こういう事をやっているのが、

結構、楽しかったりする。

ただ、それにとらわれ過ぎないようにしないと、

思考の波にのまれてしまうので、

感じる気持ちを忘れないようにして、やってみよう。

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